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自由意志はないのかもしれないが、あった方が都合が良い

リベットの実験

現在では生きたままの脳を研究することが可能になってきており、『意志決定の「機構」』が働いている様を観察することができる。

この領域における重要な実験が1980年代にベンジャミン・リベットによって行われた。任意の時間に被験者に手首を曲げてもらい、それと関連する脳活動を観察する実験である(このとき、準備電位と呼ばれる電気信号が立ち上がる)。準備電位は身体の動きに先行する脳活動としてよく知られていたが、行動の意図を感じることと準備電位が一致するかどうかはわかっておらず、Libetはこの点を探求した。行動の意図が被験者にいつ生まれるかを決定するために、時計の針を見続けてもらって、動かそうとする意識的意図を感じたときの時計の針の位置を報告してもらった。

Libet は、被験者の脳の活動が、意識的に動作を決定するおおよそ1/3秒前に開始したことを発見した。これは、実際の決定がまず潜在意識でなされており、それから意識的決定へと翻訳されていることを暗示している。

後に Dr. Alvaro Pascual-Leone によって行われた関連実験では、動かす手をランダムに選ばせた。ここでは、磁場を用いて脳の異なる半球を刺激することによって被験者のどちらかの手に強く影響を及ぼしうることを発見した。例えば、標準的に右利きの人は実験期間の60%の間右手を動かすことを選ぶ、しかし右脳が刺激されている間、実験期間の80%の間左手を選んだとされる(右脳は体の左半身を、左脳は右半身を統括していることが想起される)。

この場合、動かした手の選択へ外的影響(磁場を用いた脳に対する刺激)が加えられていたにもかかわらず、被験者は「手の選択が(外的影響とは独立に)自由になされたことを確信している」と報告している。

反射のようなもの?

昆虫は脳がありません。
脳が無いのにどうやって生きてるのかというと、脳に代わる器官はあるのです。
昆虫の一番太い神経にはいくつかの「コブ」状の膨らみがあってそこが脳のような働きをしている 。
つまり神経細胞が集まればそれは脳のようなものになるのです。
脳細胞と言っても、その構造は神経細胞とほとんど変わらない 。
逆に言えば全身を駆け巡る神経だって脳のような働きが出来ます。
わかりやすい例であげると、脳が認識する前に回避行動などを取る反射という動きになります。
人間の場合、処理が難しいものは脳に送っていますが、些細なことは全身の神経で判断してるのです。

 

自由意志がないなら自分はなぜ存在しているのか?

脳が下した判断のことを意思ということと定義すると、そうなるとこうやって考えてる自分は必要なのだろうか?
考える前から結果が決まってるなら考える自分はなんのためにいるのだろう。

その様な疑問が出てくるが、もしかすると意図的に「自我」という幻を作り出しているのかもしれない。

知的生命体は何かを行う際には必ず動機付けをする。何のために行うのか?

それがわからなければ行動をしないし、その目的を達成できないとしたら行動を抑制することもできる。

このメタ認知が必要になるのだろう。つまり、自由意志が無くとも自ら考えて判断したと思わせた方が体を動かしやすいということだ。

自我というメタ認知機能を備えることでより効率的に身体を動かせると考えれば自由意志がないにも関わらず、自我というものが存在している理由にもなろう。

「我思うゆえに我あり」デカルトの言葉であるが、仏教の祖釈迦は我は空であり、存在しないと解いている。

私は存在しているのか、それとも存在していないのか。人類はその永遠の謎に苛まれながら生きていくわけであるが、少なくとも、生物学上、便宜上あった方が何かと便利であることは理解できる。

参考書籍

〈わたし〉はどこにあるのか: ガザニガ脳科学講義

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