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なぜ狐は女性に化け、人を騙すのか?キツネという存在は神か妖怪か

なぜキツネは女性化けるのか?

「狐を馬に乗せたよう」なんて言葉があります。
【意味】
狐を馬に乗せたようとは、動揺して落ち着かないさま。また、言うことが当てにならず信用できないことのたとえ。

 

この言葉の語源は、『今昔物語集』の「高陽川の狐、女と変じて馬の尻に乗りし語」にある。

夕暮れに若い女に化けたキツネが、馬に乗った人に声をかけ乗せてもらう。
4、5町ばかり行ったところでキツネの姿に戻り、「こうこう」と鳴きながら走り去るというお話。

 

 

英語でもoutfoxは出し抜くとか裏をかくという意味の言葉があります。foxはキツネですよね。
キツネが化けるとか言うのは日本の昔話かと思っていましたが世界でもあるようです。

 

キツネが騙す、化けるのは九尾の狐からのインスパイア

キツネが騙す、化ける妖怪の一種であるという概念は、仏教と共に伝来したもので、中国の九尾狐の伝説に影響されたものである。 

との事です。

なぜキツネが人を化かすのかを考えるには、九尾の狐を考察しないといけないという事ですね。

と、その前にキツネという存在を改めて調べてみましょう。

日本人とキツネの関係

キツネを精霊・妖怪とみなす民族はいくつかあるが、特に日本(大和民族)においては文化・信仰と言えるほどキツネに対して親密である。キツネは人を化かすいたずら好きの動物と考えられたり、それとは逆に、宇迦之御魂神の神使として信仰されたりしている。

アイヌの間でもチロンヌプ(キタキツネ)は人間に災難などの予兆を伝える神獣、あるいは人間に化けて悪戯をする者とされていた。

 

キツネは何に化けるのか?

 

何でも豊楽院の古狐は、女に化けると云ふ事だが、きつとあの狐に化かされたのは、こんな気がするのに違ひない。

同じ狐でも奈良坂の狐は、三抱へもあらうと云ふ杉の木に化ける。

嵯峨の狐は牛車に化ける。

高陽川の狐は女の童に化ける。

桃薗の狐は大池に化け─

─狐の事なぞはどうでも好い。ええと、何を考へてゐたのだつけ?」 平中は空を見上げた儘、そつと欠伸を噛殺した。

 

好色

芥川龍之介

狐婚姻の類話には、正体を知られて別れたキツネの女が、農繁期に帰ってきて田仕事で夫を助けると、稲がよく実るようになったという話がある。

江戸の王子では、大晦日の夜、関八州のキツネが集い、無数の狐火が飛んだというが、里人はその動きで豊作の吉凶を占ったと伝えられており、落語「王子の狐」のモチーフとなっている。

王子の狐:美女に化けた狐を男が逆に化かすという滑稽噺。

 

日本霊異記

美濃大野郡の男が広野で1人の美女に出会い、結ばれて子をなすが、女はキツネの化けた姿で、犬に正体を悟られて野に帰ってしまう。しかし男はキツネに、「なんじ我を忘れたか、子までなせし仲ではないか、来つ寝(来て寝よ)」と言った。

なお、これを元本に発展させた今昔物語にもこの話は収録され、キツネの語源としている。キツネは、人間との婚姻譚において語られることが多く、後に『葛の葉』、『信太妻(しのだづま)』を経、古浄瑠璃『信田妻(しのだづま)』において、異類婚姻によって生まれた子の超越的能力というモチーフが、稀代の陰陽師安倍晴明の出生となって完成される。

 

『今昔物語』

「高陽川の狐、女と変じて馬の尻に乗りし語」では、夕に若い女に化けたキツネが、馬に乗った人に声をかけて乗せてもらうが、4、5町ばかり行ったところでキツネになって「こうこう」と鳴いたとある。

 

「おさん狐」

このキツネは美女に化けて男女の仲を裂きにくる妖怪で、嫉妬深く男が手を焼くという話が多数残っている。

キツネが化けた女はよく見ると、闇夜でも着物の柄がはっきり見えるといわれていた。女の他、男はもちろん、月や日、妖怪、石、木、電柱、灯籠、馬やネコ、家屋、汽車に化ける。

 

このように、キツネは女に化けることが多い。これはキツネが陰陽五行思想において土行、特に八卦では「艮」に割り当てられることから陰気の獣であるとされ、後世になって「狐は女に化けて陽の存在である男に近づくものである」という認識が定着してしまったためと考えられる。

また、個人的な見解として、やはり多くのキツネ像の元となった九尾の狐の影響もあるものと考えられます。(信憑性はないです)

 

狐憑きは、精神薄弱者や暗示にかかりやすい女性たちの間に多く見られる発作性、ヒステリー性精神病と説明され、実際に自らキツネとなって、さまざまなことを口走ったり、動作をしたりするという話が、平安時代ごろから文献に述べられている。

キツネはトリックスターでズル賢い

化けるにしろ報復譚にしろ、キツネの話はどこかユーモラスで、悪なる存在というよりは、むしろトリックスター的な性格が強い。

 

文学
狐物語:悪賢い狐ルナールを中心とする中世フランスの物語。今日ルナール(renard)がフランス語で「狐」を意味するのはこの物語に由来する。

 

イソップ寓話 (童話):「からすときつね」「すっぱい葡萄」はじめ、多くの話にキツネが登場する。


ごん狐 (童話):新美南吉原作。「ごん」というきつねが主人公。間接的にも兵十の母を死なせた償いの意味を込めて彼に隠れながら栗をあげていたが、それまでのイタズラの報いによって兵十に射殺される。


土神と狐:宮沢賢治の作。樺の木と仲の良いプレイボーイの狐に嫉妬した土神の話。

 

稲とキツネ

稲作には、穀物を食するネズミや、田の土手に穴を開けて水を抜くハタネズミが与える被害がつきまとう。

稲作が始まってから江戸時代までの間に、日本人はキツネがネズミの天敵であることに注目し、キツネの尿のついた石にネズミに対する忌避効果がある事に気づき、田の付近に祠を設置して、油揚げ等で餌付けすることで、忌避効果を持続させる摂理があることを経験から学んで、信仰と共にキツネを大切にする文化を獲得した。

日本人がキツネを稲と関連させた起源は、文化人類学的推察にもとづく農耕民族の必然だったとする必然起因説と、歴史学的手法に基づいて推察して、神の名に「狐」を宛てたことによるとする、誤解起因説の2通りがあるが、特定はされておらず、その後大陸より渡来した秦氏の勢力によって、キツネは稲荷神の眷属に収まったという流れになっている。

キツネと神さま

キツネが神秘的能力をもつというのは、稲荷の神の使いとして親しまれてきたキツネが、元来は農耕神として信仰され、豊穣や富のシンボルであったことに由来するものである。

日本古来の世界観は山はそれ自体が山神であって、山神から派生する古木も石も獣(キツネ)もまた神であるという思想が基としてあると言われている。

民間伝承の狐神信仰の発生がいつ始まったかの特定は難しいとした上で、発生の順番から考えて、土地が開墾される以前にキツネが生息しており、畏敬された狐神と稲荷の結合は、田の神信仰と稲荷の結合に先立つであろうと言われている。

一方、稲荷神社の神は、宇迦之御霊神、別名、御食神(みけつがみ)であって、三狐神と書き誤って、日本中に誤解が定着したという説も、根強く有力な説である。

キツネは被差別民だった?

「狐」は、蜘蛛、蛇などと同じく大和朝廷側から見た被差別民であったという見方もある。彼らは、大和朝廷が勢力を伸ばす段階で先住の地を追われた人々であり、人ではない者として動物の名称で呼ばれたという見方である。彼らが、害をもたらす存在として扱われる場合、それは朝廷側の、自分たちが追い出した異民族が復讐してくるのではという恐怖心の現れであると考えられる。また、動物が不思議な能力(特殊能力)を持つというのは、異民族が持つ特殊な技術を暗に意味している場合がある。この考え方に沿えば、異類婚姻は、それらの人々との婚姻を意味することになる。つまり女が身元を偽って(化けて)婚姻したものの里が暴かれ、子の将来を案じて消えてしまった物語と解される。

 

蜘蛛や蛇などと同じく、差別民族を表していたのかもしれませんね。

蜘蛛に蛇…

これらも割と女性と繋がりがありますが、どちらかというと西洋の文化なので、日本は関係なさそうです。

キツネは元は農耕の神

宝暦3年(1753年)8月、江戸の八丁堀本多家に、日暮れから諸道具を運び込み、九ツ前、提灯数十ばかりに前後数十人の守護を連れた鋲打ちの女乗物が、本多家の門をくぐった。5、6千石の婚礼の体であったが、本多家の人は誰も知らなかったという。このような「キツネノヨメイリ」には必ずにわか雨が降るとされるが、やはりこれも降雨を司る農業神の性質であろう。

しかし、農耕信仰がすたれるにつれ、キツネが狡猾者として登場することも多くなる。

得体の知れない燐光を「狐火」と呼び、「狐に化かされた」として、説明のつかない不思議な現象一般をキツネの仕業とすることも多い。

雨(狐の嫁入り)や雪のような自然現象を起こす等、実にバリエーションに富んでいる。

狐憑

狐信仰の変種であり、日本独自の現象として、「狐憑き」が存在する。狸、蛇、犬神憑きなどに比べシェアが広く、全国的(沖縄等を除く)に見られ、かつ根強い。

狐憑きは、精神薄弱者や暗示にかかりやすい女性たちの間に多く見られる発作性、ヒステリー性精神病と説明され、実際に自らキツネとなって、さまざまなことを口走ったり、動作をしたりするという話が、平安時代ごろから文献に述べられている。

行者や神職などが、「松葉いぶし」や、キツネの恐れる犬に全身をなめさせるといった方法で、キツネを落とす呪術を行っていた。

狐憑きで有名なものは、長篠を中心に語り伝えられる「おとら狐」で、「長篠のおとら狐」とか「長篠の御城狐」などと呼ばれていた。おとら狐は、病人や、時には健康な人にも憑くことがあって、憑いた人の口を借りて長篠の戦いの物語を語る。櫓(やぐら)に上がって合戦を見物しているときに、流れ弾に当たって左目を失明し、その後左足を狙撃されたため、おとら狐にとり憑かれた人は、左の目から目やにを出して、左足の痛みを訴えるという。

 

狐憑きの一種に「狐持ち」という現象があり、狐持ちの家系の者はキツネの霊を駆使して人を呪うという迷信があった。「飯綱(いづな、イイズナ)使い」と呼ぶ地方もあり、管狐(くだぎつね)や、オサキ、人狐(ニンコ)を操ると信じられていた。

これらの狐霊は、人に憑いて憎む相手を病気にしたり、呪いをかけたりすることができると信じられてきた。狐持ちの家系の者はこの迷信のため差別され、自由な結婚も認められなかった。

 

キツネに化かされないためには?

キツネに化かされないためには、眉に唾をつけるとよいというが、これは、キツネに化かされるのは眉毛の数を読まれるからだと信じられていたためである。真偽の疑わしいものを「眉唾物(まゆつばもの)」という由縁である。

 

九尾の狐

まず、狐について言えばその元となったのは中国からの説話や仏教の伝来に由来していると考えられます。

紀元前2~3世紀に成立とされる山海経には数々の実在・非実在の妖怪のような生物が載っていますが、この中に九尾の狐らしいものが出てきます。この九尾の狐はその後も周書や民間説話にも登場し中国では庶民も知っていた基本知識であったように思います。

それが仏教により仏敵のような存在とされ日本へ伝わったのではないでしょうか?日本書紀に音を発して夜空を飛ぶ流星のようなものが出た事が書かれていますが、これを”唐帰り”の僧の旻が「これは流星では無く天狗だ」と言ったとされます。この天狗を旻は「アマツキツネ」と発音しています。小野妹子と共に隋に渡り唐時代まで20年以上を過ごし、渡来系で魏の曹植の末裔とも言われる旻は中国で聞いたか家伝として「狐は妖物となり空を飛んだり人に害を与える」という知識があったのではないでしょうか。

また、中国の説話には僧侶から悪事を諌められた狐が改心するという話型が多いそうですが、これも日本へ伝わりイタズラした狐が懲らしめられるパターンの話となったとも考えられます。狐が眷属とされている稲荷神はダキニ天という天竺・中国を渡ってきた異国の神ですので、そうした伝播形態も似ているように思います。

山海経』「南山経」には、青丘之山に「有獸焉 其狀如狐而九尾 其音如嬰兒 能食人 食者不蠱」という記述がある。『白虎通』では皇帝の徳が良いと現われる瑞獣の一つとして記されているほか、九は子孫繁栄を示しているともあり、瑞兆を示す霊獣であるとしている。

武王を主役にした物語『武王軍談』、あるいは『封神演義』などの小説、その源流となった元の時代の『武王伐紂平話』や明の時代の『春秋列国志伝』などでは、殷王朝を傾けたとされる美女・妲己の正体が九尾の狐(九尾狐、九尾狐狸)の化身であるとされている

 

有蘇氏の娘として生まれた。『国語』では、帝辛が有蘇氏を討った際に有蘇氏が献上したのが妲己であり、己が姓、妲は字であるとしている(この頃女性は字を先に、姓を後に書く風習があった)。妲己を字と見なすのは後世の誤解である。

基本史料である『史記』殷本紀では、妲己は帝辛に寵愛され、帝辛は彼女のいうことなら何でも聞いたという。

師涓に新淫の声・北鄙の舞・靡靡の楽を作らせた。賦税を厚くして鹿台に銭をたくわえ、鉅橋に粟を満たし、狗馬・奇物を収めて宮室いっぱいにした。沙丘の苑台を拡張して、野獣蜚鳥をその中に置いた。鬼神をあなどり、沙丘に大勢の者を集めて楽しみ戯れた。酒をそそいで池とし、肉を掛けて林とし(酒池肉林)、男女を裸にして互いに追いかけさせ、長夜の飲をなした。

その後、妲己は周によって攻められた際に武王により殺されたとされる。

『列女伝』巻7孽嬖伝 殷紂妲己では、炮烙の法を見て妲己が笑ったとされている。比干が「先王の典法をおさめずに、婦人の言を用いていれば、禍のいたる日も近いでしょう」と諫めた。すると、妲己は「聖人の心臓に七つの穴があると私は聞いております」と答え、比干の心臓を取り出させて観賞した。紂王が自殺すると、妲己は武王によって首を斬られ、小白旗に掛けられた。「紂を亡ぼす者はこの女なり」と評論された。

漢書外戚列伝の顔師古注には、「弁辞をよく好み、姦を究めること盛んにした。その言を帝辛が用いて民を苦しめた」とある。

現代中国で妲己の名は悪女とともに、魅惑的な女性の代名詞でもある。中国では妲己を題材にした時代物ドラマや劇場映画が現在も多数製作されている。

なぜ妲己とキツネが結びついたのか?

全相平話

元代の歴史講談小説群である『全相平話』の一節「武王伐紂平話」の中で妲己が妖狐伝説と結び付けられ、妲己はキツネのなりかわりとされた。「千字文」の「周が殷の湯を伐った」に対する注で、殷の紂王(紀元前11世紀頃)を誘惑して国を傾けた妲己(だっき)は九尾狐であると指摘。明代の「封神演義」が妲己を九尾狐の精としているのは、この説をもとにしている。

 

封神演義

妲己(狐狸精)
明の時代の神怪小説『封神演義』では、九尾狐狸精(きゅうびこりせい)として登場し、殷周革命を実現させるために遣わされたという。そして、冀州侯蘇護の娘、蘇妲己(そ だっき)の魂を奪って妲己になりすまし、紂王を堕落させて殷を滅ぼした。

また、胡喜媚、王貴人という2人の架空の女性も、妲己と同じく紂王をほろぼすことを目的とした寵姫として登場している。胡喜媚は九頭雉鶏精(きゅうとうちけいせい)、王貴人は玉石琵琶精(ぎょくせきびわせい)が正体であり、雉の妖怪と琵琶の妖怪が化けたものであると設定されている。

第九十六回では義妹らと共に朝歌に迫る西岐軍に襲われた際、甲冑を身にまとい桃花馬を乗りまわし、双刀を振りまわして闘うが、最期は女媧の縛妖索(ばくようさく)によって捕縛され、姜子牙に斬首された。

 

 

キツネ以外にも化ける動物はいる

狸ですがこれは基に「むじな」との混同があったのではないかと私は思います。狢と狸は古来より区別が難しくアナグマハクビシンを指す地域から狸まで含む地域までが混淆しています。また日本書紀推古天皇の条に「狢が人に化けて歌った」という記事があり、この時代にすでに「狢が人に化ける」という伝承があったわけです。先述の狐の話がこれらの狢と呼ばれる生物に仮託され「化かす、変化する」というイメージで語られていったのではないでしょうか。

もう一つ、人に憑くものとして犬神がありますがこれも犬というよりジネズミやアナグマに擬される事が多いです。
いずれにしても、まず中国から「化ける動物」という概念が渡ってきて日本中に広まる過程でキツネ・タヌキ・犬神など地方によって変わって行ったのではないかと私は思います。
タヌキについてこんな話を聞いたことがあります。
タヌキは大きな音などに驚くと、一時的に気絶してしまうのだそうです。
猟師が銃でタヌキを撃つと、例え命中していなくても、気絶して倒れてしまいます。
猟師はタヌキを仕留めたと勘違いし、獲物であるタヌキを持ち帰ろうとしますが、タヌキは気絶していただけなので、目をさますと一目散に逃げ出します。
獲物が死んだと思っていた猟師は大いに驚き、「タヌキに騙された」と考え、そこからタヌキ=人を騙すというイメージがついたのでは……という内容だったはずです。
キツネは賢い動物で、またタヌキと対として見られていたこともあり、「タヌキと同じように人を騙す」というイメージがついたのではないかと思います。
 

まとめ

妲己と言ったら封神演義ですよね。新しいほうの方アニメはほんとに酷かったです…クソアニメってレベルじゃねーぞ

覇穹 封神演義 GLITTER&GLAMOURS-妲己- (プライズ)

狐と女性との関係を見ていくと、まず初めに妲己と妖狐伝説が結びついたことによって、悪女は狐に化けたものであると言うイメージができました。そのイメージが日本にも輸入され、数多くの民話や逸話、伝説を作ったと言う流れになります。日本では元来豊穣の神として奉られてきた存在ですので、それも相まって様々な現象を引き起こしたり、化けたりすることができるようになったのかもしれませんね。

中国のキツネには雨を降らせたり(狐の嫁入り)、狐火を発生させたりしませんからね。

 

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