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三島由紀夫の女嫌い-果てしない美への追及-

 

三島由紀夫とは

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三島 由紀夫(みしま ゆきお、本名:平岡 公威(ひらおか きみたけ)

1925年1月14日 - 1970年11月25日

日本の小説家・劇作家・随筆家・評論家・政治活動家・皇国主義者。

血液型はA型。

 

戦後の日本文学界を代表する作家の一人であると同時に、ノーベル文学賞候補になるなど、日本語の枠を超え、海外においても広く認められた作家である。

 満年齢と昭和の年数が一致し、その人生の節目や活躍が昭和時代の日本の興廃や盛衰の歴史的出来事と相まっているため、「昭和」と生涯を共にし、その時代の持つ問題点を鋭く照らした人物として語られることが多い。

 

修辞に富んだ絢爛豪華で詩的な文体、古典劇を基調にした人工性・構築性にあふれる唯美的な作風が特徴。

 

晩年は政治的な傾向を強め、自衛隊体験入隊し、民兵組織「楯の会」を結成。1970年11月25日、楯の会隊員4名と共に自衛隊市ヶ谷駐屯地(現・防衛省本省)を訪れ東部方面総監を監禁。バルコニーでクーデターを促す演説をした後、割腹自殺を遂げた。

 

代表作

仮面の告白

潮騒

金閣寺

鏡子の家

憂国

豊饒の海』など

 

 

三島由紀夫の女嫌い

「私は芸術家志望の女性に会うと、女優か 女声歌手になるのなら格別、女に天才という 
ものが理論的にありえないということに、 どうして気がつかないかと首をひねらざるをえない。」 

大体私は女ぎらいというよりも、古い頭で、「女子供はとるに足らぬ」と思っているにすぎない。 
女性は劣等であり、私は馬鹿でない女(もちろん利口馬鹿を含む)にはめったに会ったことがない。 
事実また私は女性を怖れているが、男でも私がもっとも怖れるのは馬鹿な男である。まことに馬鹿ほど怖いものはない。 

また註釈を加えるが、馬鹿な博士もあり、教育を全くうけていない聡明な人も沢山いるから、何も私は学歴を問題にしているのではない。 
こう云うと、いかにも私が、本当に聡明な女性に会ったことがない不幸な男である、
という風に曲解して、私に同情を寄せてくる女性がきっと現れる。こればかりは断言してもいい。 
しかしそういう女性が、つまり一般論に対する個別的例外の幻想にいつも生きている女が、実は馬鹿な女の代表なのである。
 

「女ぎらひの弁」より 

 

「こう云うと、いかにも私が、本当に聡明な 女性に会ったことがない不幸な男である、 
という風に曲解して、私に同情を寄せてくる 女性がきっと現れる。
こればかりは断言して もいい。しかしそういう女性が、つまり一般論 に対する個別的例外の幻想にいつも生きて いる女が、実は馬鹿な女の代表なのである。」 

 

 

「構成力の欠如、感受性の 過剰、瑣末主義、無意味な具体性、低次の 現実主義、これらはみな女性的欠陥であり、 芸術において女性的様式は問題なく「悪い」 様式である」

 

 

「殆ど多くの、世間一般の男たちは、初め から異性に対してどんな精神上の要求も 持っていない。 
女性に対して、普通一般の男等が求める ものは、常に肉体の豊満であり、脂肪の美 であり、単に性的本能の対象としての、人形 への愛にすぎないのである」 

 

「女嫌いとは、・・・人格としてではなく、 単に肉塊として、脂肪として、劣情の 
対象としてのみ、女の存在を承諾する こと。(婦人にたいしてこれほど・・・・・ 冒涜の思想があるだろうか) 
しかしながら、・・・多数の有りふれた 人々が居り、同様の見解を抱いている。」 

(ケンコバかな?)

 

 

「しかも彼等は、この冒涜の故に「女嫌い」と 呼ばれないで、逆に却って「女好き」と呼ば れている。
なぜなら彼等はどんな場合に 於いても、女性への毒舌や侮辱を言わない から。 
(「女嫌い」と呼ばれる人々は、女にたいして) 単なる脂肪以上のものを、即ち精神や人格 やを、真面目に求めているからである。 」 

 

「それ故に女嫌いとは或る騎士的情熱 の正直さから、あまりに高く女を評価し、女性 を買いかぶりすぎてるものが、経験の幻滅に よって導かれた、不幸な浪漫主義の破産で ある。 
然り!すべての女嫌いの本体は、馬鹿正直 なロマンチストにすぎないのである。」 

 

私が大体女を低級で男を高級だと思うのは、人間の文化というものが、男が生殖作 用の余力を傾注して作り上げたものだと考えているからである。 
男は取り残される。 快楽のあとに、妊娠の予感もなく、育児の希望もなく、取り残 される。 
この孤独が生産的な文化の母胎であった。 したがって女性は、芸術ひろ く文化の原体験を味わうことができぬのである。

 

「誰でも男の子なら覚えのあることだが、子供の時分に、女の子の意地の悪さとずるさと我儘に悩まされ、 女ほどイヤな動物はないと承知してゐるのに、色気づくころからすつかり性慾で目をくらまされ、 あとで結婚してみて、又女の意地の悪さとずるさと我儘を発見するときは、前の記憶はすつかり忘れてゐるから、 それを生れてはじめての大発見のやうに錯覚するのは、むだな苦労だと思はれる」

 

 

実際芸術の堕落は、すべて女性の社会進出から起つてゐる。女が何かつべこべいふと、 
土性骨のすわらぬ男性芸術家が、いつも妥協し屈服して来たのだ。
あのフェミニストらしき フランスが、女に選挙権を与へるのをいつまでも渋つてゐたのは、フランスが芸術の 何たるかを知つてゐたからである。

 

「あらゆる点で女は女を知らない。いちいち男に自分のことを教えてもらっている始末である」

 

 

道徳の堕落も亦、女性の側から起つてゐる。男性の仕事の能力を削減し、男性を性的存在に 
しばりつけるやうな道徳が、女性の側から提唱され、アメリカの如きは女のおかげで 惨澹たる被害を蒙つてゐる。
悪しき人間主義はいつも女性的なものである。
男性固有の 道徳、ローマ人の道徳は、キリスト教によつて普遍的か人間道徳へと曲げられた。 
そのとき道徳の堕落がはじまつた。道徳の中性化が起つたのである。

 

女は子供のほかに何ものも生むことができない。 
男は子供のほかのあらゆるものを生むことができる。 
創造と生殖と繁殖は全く男性の能力であり、 女の受胎は育児の一部分にすぎない。 
これは言い古された原理だ。 

 

女の嫉妬は創造の能力に対する嫉妬である。 
男の子を生んだ女は、これを育てることに、 男性の創造の能力に対する甘い復讐の喜びを味わう。 
女は創造を妨げることに生き甲斐を味わう

 

贅沢と消費の願望は、破壊の願望である。 
いたるところで女性的本能が勝利を占める。 
はじめ資本主義は男性の原理であり、生産の原理だった。 
ついで女性の原理が資本主義を蝕んだ。 
資本主義は奢侈的消費の原理にうつりかわり、 やがてこのヘレナのおかげで戦争がはじまった。 
遠い将来には共産主義も女に滅ぼされるだろう

 

サディズムマゾヒズム紙一重であるやうに、女性に対するギャラントリィと女ぎらひとが 
紙一重であるといふことに女自身が気がつくのは、まだずつと先のことであらう。 
女は馬鹿だから、なかなか気がつかないだらう。私は女をだます気がないから、 
かうして嫌はれることを承知で直言を吐くけれども、女がその真相に気がつかない間は、欺瞞に熱中する男の勝利はまだ当分つづくだらう。 
男が欺瞞を弄するといふことは男性として恥づべきことであり、 
もともとこの方法は女性の方法の逆用であるが、それだけに最も功を奏するやり方である。「危険な関係」のヴァルモン子爵は、(中略) 
女性崇拝のあらゆる言辞を最高の誠実さを以てつらね、女の心をとろかす甘言を総動員して、 
さて女が一度身を任せると、敝履(へいり)の如く捨ててかへりみない。(中略) 
女に対する最大の侮蔑は、男性の欲望の本質の中にそなはつてゐる。 
女ぎらひの侮蔑などに目くじら立てる女は、そのへんがおぼこなのである。 
「女ぎらひの弁」より 

 

男が女より強いのは、腕力と知性だけで、腕力も知性もない男は、女にまさるところは一つもない。 
出典 
三島由紀夫「第一の性」より 

 

 

三島由紀夫が心の底から恐れたもの一覧 



・支配欲が異常に強い祖母 

・「男らしく育てるため」と称して体罰を振るう父親 

・最愛の母が怪我や病気をすること(母が「痛い」と言うのを聞いただけで幼児言葉に戻るほど狼狽) 

・蟹

 

童貞叩き

童貞は一刻も早く捨てよ 

“そもそも男の人生にとって大きな悲劇は、女性というものを誤解することである。 
童貞を早く捨てれば捨てるほど、女性というものに関する誤解から、それだけ早く目ざめることができる。 
男にとってはこれが人生観の確立の第一歩であって、これをなおざりにして作られて人生観は、後年まで大きなユガミを残すのであります。” 

“男性の性欲というものは、女性の己惚れを満足させるためだけにあるのではなく、彼自身の自尊心を満足させるためのものである、ということをくれぐれも忘れないでもらいたい。”

 

果てしない美への追及

三島由紀夫

三島由紀夫 ギリシャ

Guido Reni / san sebastiano / Palazzo Rosso所蔵
フラ・バルトロメオ(バッチョ・デッラ・ポルタ)が描いたセバスチャン殉教図(残念ながらこの作品は失われ、フィエゾレの教会にほぼ忠実な模写とされる絵画があるのみ。天使と共にセバスチャンが描かれている)

 

三島由紀夫は1949年に発表した小説『仮面の告白』の中で、彼自身を投影した主人公が13歳の時に「父の外国みやげの画集」にあったセバスチャン殉教図を見て、初めて自慰行為に及ぶシーンを描いている。また、1968年、「血と薔薇」(澁澤龍彦責任編集によるエロティシズムと残酷の綜合研究誌)の「男の死」をテーマにした巻頭特集では、自らを聖セバスチャンになぞらえた写真を篠山紀信に撮影させてもいる。

 

三島由紀夫は面白い人間だけどリアルで付き合いたくない

他の文豪にも言えるというか、現代でも面白いけど付き合いたくはない人っていますよね。

やはり、芸術家はどこか人とは変わっているところがあるのだろうか。

ようこそ!名無し文学部へ
楽しんでいってください。