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【必見】今のオタクは劣化した、キモいのか(昔のオタクとの違い)

オタクってそんなんだったか?

オタクの象徴といえば萌えアニメ、集めるのは水着着た女のフィギュアみたいのがいつのまにかオタクのスタンダードになってる。
男向けのコミック、ゲームや格好いいメカとかそういう物に惹かれるオタクの割合がだんだん減っていった。

別にエロはあってもいいと思う。

確実に昔から確かにお色気はあった。しかし、それはあくまでサービスシーンでちょろっと出て来る程度のものであり、本題はいつも巨悪と戦ったり、現実世界のカタルシスを感じものであった。

本来のオタクも確かに性欲の塊であったかもしれないが、今のようにネットでその実態で知られることがなかっただけなのかもしれない。

それにして、近年のインターネットではどこもかしこもエロ絵が溢れ出て来る。

いつも驚かされる。こんなに絵が上手い人たちはなぜエロ絵を描くのかと。

当然、需要があるからだろうし、自分の欲望を具現化したいと言うのもわかるが、供給量があまりに多すぎて、萎縮してしまう。

どこを見ても肌を露出して視聴者に媚びきった萌え声の女の子しかいないぞ?!!

 

今のオタクは好きなものに集まっているんじゃない
慰めてくれるものに集まっているだけだ

 

年相応の姿や思考をした女の子がおらん
オタクってこんなに性欲のみに固執した連中だったのか…

 

何がなんでも女キャラをひん剥いてエロ絵をアップするオタクも多すぎだぞ
オタクにとってアニメは性欲の捌け口でしかないのか?

 

アニメよりオタクが悪いと思うわ
性欲剥き出しのオタクが多すぎる
イラストサイトならまだしもSNSですら平然とエロ絵が行き交って持て囃されてる現状がどうかしてる

 

オタクの動物化現象

十数年前に、男性オタク達は「萌える」という言葉を発明した;「萌える」という言葉を使えば「セックスしたい」「愛してる」といったストレートな表現を避けながら、美少女キャラクターへの思慕をオブラートに包んで表現できる。内気な男性が多かった当時のオタク界隈において、「萌える」のような繊細で婉曲な表現は重宝するものだった。
 
 それがいつしか、「萌え〜」という単純なリビドーの叫びに変貌し、「○○たんハァハァ」「俺の嫁といった表現に代替されるようになり、ついに豚の鳴き声にまで到達したのである!ブヒィ!
  
 どうしてこうなったのだろう?
 
 ひとつには、“インターネット空間で趣味ごとの棲み分けが進んだお陰で、よその誰かに恥じらう必要がなくなった”というのもありそうだ。しかしそれだけなら、わざわざ豚まで身を落とす必要もあるまい(「○○たんハァハァ」のような表現で十分である)。なにか、「俺って卑しいやつです」的な自嘲の念が含まれていればこそ、「ブヒィイイ!」が選ばれるようになったのか?
 
 昔、自分のことをピュアで女の子思いだと信じたかったオタク達が、歳月の流れるなか、「俺の嫁」をとっかえひっかえしていくうちに、汚れた自分に気付いてしまって豚になってしまったのか?
 
 それとも「口を開けて待っているだけで最優秀のコンテンツにアクセスできる」という現実を踏まえたオタク達が、「俺は、口を開けてエサを待っているだけの豚だ。ぶくぶく太らされた豚だ。だがそれがいい。」と自嘲半分・居直り半分の境地に至って豚になってしまったのか?
 
 あるいは、メタ視線や考察的態度にうんざりした一派による、「なんにも考えずに楽しんで何が悪い!」という立場表明なのかもしれない。
 
 確かなことは分からないが、ともあれ、美少女キャラクターへのパトスはまだまだ健在で、“豚野郎ども”の饗宴は続くのだろう。

オタクが豚になった――「萌える」から「ブヒる」へ - シロクマの屑籠

 

 データベース消費

アニメやゲームといった“二次元”の世界から、少年少女が売られてくるのは今に始まったことではない。「コンテンツ消費」「二次創作」といったお題のもと、数え切れないほどの少年少女が、オタク界隈の消費者達によって買われ、消費されてきた。これからも、そうだろう。
 
 同人誌即売会で取引*1される二次創作作品を見ればわかる通り、そうやって消費者集団の前に差し出された少年少女は、しばしば性的にも消費される。同人誌を売っている現場に行ったことのある人なら、年端もいかない少女が大きく股を開いている図像や、少年同士がねっとり絡み合っている図像を見たことがあるだろう。ああいうエッチなまなざしと想像力が、二次元村から売られてきた少年少女にはまとわりついている。
 
 二次元村で少年少女をクリエイトしている人々も、最近は心得たもので、「どうせお前ら、こういうの好きだろ?」と気を利かせて、少年少女達を市場に送り出す。かわいいフリルやパンチラぐらいは朝飯前、誤解されそうな台詞や、ちょっとしたキャラ同士の掛け合いにも、近頃の“萌え豚ども”は目を光らせている。

二次元キャラは、本当に使い捨てられるだけなのか - シロクマの屑籠

 

 

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バブみを感じると言うネットスラング

昔は「〇〇は俺の嫁!!」

と威勢良く言っていたのに、いつのまにか「〇〇ママ!!!」とか「〇〇ママにバブみを感じておぎゃる」とかガチでキモい存在へと成り下がってしまった。

バブみを感じておぎゃると言うネットスラング

おそらく、私が今まで生きてきて最もキモいネットスラングだ。

オタクたちは母性に飢えているのか?

アメリカでは似たような表現としてパパにギュッとしてもらうと行った表現がある。

比べるのは非常に申し訳ないようにも思うのだが、やはり、人間は愛に飢えている。

真のコミュニケーションを取るためには体が必要だということだろう。

ただ、オタクのバブみを感じておぎゃるは性的な意味合いが強く、愛情というよりはかは、性欲と言った感覚の表れだろう。

 

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これにはオタクの経済力が落ちたとの見方があるそうだが、真偽のほどはわからない。

ただ言えるのはよりキモくなったと言うこと。

 

キモいやつ=オタクの方程式

なぜオタクは気持ち悪いと言われるのか。

そもそも、イケメンや美少女がオタク趣味にハマるのであれば、オタク=カッコいいの図式が出来上がっていたのかもしれないが、残念ながらそうはなっていない。

つまり、オタク趣味に走る人たちはキモい人たちが多かったのだ。

そのイメージがそのまま受け継がれている。

マスコミには犯罪者予備軍として扱われていたし、世間的な評判もよろしくはなかっただろう。

今日では、キモいやつ=オタクの方程式が成り立ってしまっている。

オタク趣味がなくても、キモければオタクだ。

逆に、イケメン、美少女はオタク趣味を持とうがオタクとはみなされなくなっている。

そりゃオタクはキモくなるわ。

オタクの判断基準が見た目になっている。

オタクに分類されることがキモいことと同義になってしまっているのだから。

本来であればキモオタク、キモ・オタク、キモオタと言う言葉がこれらを包括していたわけであるが、今ではオタクも同じ意味で使われている。

 

まぁ、別にキモかろうがなんだろうが自分の好きなことであれば、他人に迷惑をかけずに楽しんでいればそれで良いと私は思うし、多くの人はそう思っている。

それならば、別にキモいだけで嫌われるということはないだろう。

しかし、今のオタクは嫌われる対象になっている。

(昔から犯罪予備軍のようにマスコミには扱われていたが)

 

なぜオタクは嫌われるのか?

TPOをわきまえないから。

TPOを判断できないという「社会的常識の無さ」

あるいは相手が不快に感じている事を理解出来ない「コミュニケーション能力の欠如」

そして、オタク文化は誇りであり世間に認められたものだと思っており、そのコンテンツを好きな自分がすごいと感じてしまっている「尊大な自尊心」 

 

なお、TPOがわきまえることができない人もキモい=オタクの方程式に代入され、オタク趣味が無かろうが、オタクとして分類されてしまう。

 

淫夢

ニコニコで勢力を持つ界隈であるが、明らかにそれまでのニコニコ文化ではないものが誕生している。

もとより、2007年からサービスを開始したニコニコ動画ではその勢いからニコ厨と呼ばれる信者を作り出しており、ウザがられていたわけであるが、そう考えるとオタクの本質は変わっていないのかもしれない。

現に「ニコ厨死ね」と言う言葉は当時よく聞かれた。

アニメさよなら絶望先生第8話の中にもその言葉が使われている。

ニコ厨死ねとは (ニコチュウシネとは) ニコニコ大百科 スマートフォン版!

しかし、今のニコニコは明らかに性質の異なるものとなっている。ニコ厨と呼ばれた人たちはボカロや歌い手、ゲーム実況が主体であったのに対し、淫夢はホモビデオに出演した俳優を素材とした動画が作り出されているのだ。

本来はいわゆる「釣り」目的でホモビデオが使われることはあったが、メインコンテンツとしてホモビデオが使われていると言うことははっきり言って異常である。

 その勢いに任せて流される集団心理というのは恐ろしいものがある。

まして、それが尊大なものと感じ崇拝している光景は禍々しく、滑稽である。

 

オタクは昔からキモい

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確かに、チェックシャツにバンダナにメガネと言う装備をしており、遊び人と言ったらピエロやバニーガール、勇者と言ったら剣と盾と言ったようなステレオタイプがオタクにはあったが、今はそんな格好をしている人は少ない。

それに、「〇〇ですぞ」や「〇〇氏」と言ったオタク言葉と言うか、ムック言葉があった。

しかし、今のバブみを感じるよりはマシに感じる。

感覚が麻痺しているのかもしれないが。

元よりオタクがキモい存在であったのは否めない。だから、今のオタクだけがキモいのかと言われればそれは違うだろう。

しかし、キモさのベクトルが違う。

昔のオタクは一風変わった変な感じの人であるが他者への最低限の配慮があったように思われる。なぜならば、その特徴的な独自の敬語が他者へ失礼のないようにしなければならないと言う感情の現れであるからだ。

それが普通ではないからキモいと感じるのである。

今の過激なオタクは馬鹿騒ぎして煽り、誹謗中傷何のその。面白ければ何をやっても良いと考えている。

 キモいと言うか、興ざめする。

ルールなきスポーツが存在しないように、秩序なき行いは娯楽として破綻している。

ネットイナゴとは (ネットイナゴとは) ニコニコ大百科 スマートフォン版!

しかし、秋葉原通り魔事件を考えると、昔のオタクにルールがあったかは疑問が残るが、犯人の家庭環境や当時の時代的背景を考えれば、オタクであることはなんら関係ないようにも思われる。

 

秋葉原殺傷事件とオタクとスタンドアローンコンプレックス

「 勝ち組はみんな死んでしまえ」

「俺が何か事件を起こしたら、みんなまさかあいつがって言うんだろ」

「県内トップの進学校に入って、あとはずっとビリ。高校出てから8年、負けっぱなしの人生」

「友達欲しい」

「彼女がいない。それが全ての元凶」

犯行の3日前自分のツナギが見つからなかった。誰かがわざと隠したと彼は思った。

そして、オタクの聖地秋葉原は混乱と恐怖の海に飲み込まれた。

 

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■「秋葉原無差別殺傷事件」加藤智大被告の両親 母親のヤバさ

加藤智大被告の家族は4人家族。
母親、父親、加藤智大被告、弟 の4人です。

■母親のヤバさ「厳しすぎるしつけ」

加藤智大被告は幼い頃から、母親からの徹底した厳しいしつけをされて育ちました。
ひたすら学歴を追及する内容。
しかも人格がゆがむような厳しすぎるしつけです。むしろ虐待。

・ゲームは週に1回土曜に1時間だけ
・漫画・雑誌は読めない
・九九を間違えると風呂に沈める
・食べるのが遅いと、新聞紙の上に食事を乗せ食べさせる
・泣くと口にタオルを詰める
・2Fの窓から落とそうとする
・友達の家に遊びに行くのも、自宅に呼ぶのも禁止
・恋愛禁止
・見ていいテレビ番組は2つだけ(ドラえもんまんが日本昔ばなし
・将来の夢は全て否定される
・10秒ルール:絵や作文を母が検閲し、10秒以内に質問に答えられないとビンタ
・作文を1文字でも間違えると全て書き直させる
・泣くたびにカードにスタンプし、10個揃うと蒸し暑い屋根裏部屋に閉じ込める
・オネショしたオムツを外に晒す
・青森の寒い雪の中を下着姿で何時間も立たせる

実際、裁判では「母の養育方法が加藤の人格形成に影響を与えた」と認められています。

 

私は、秋葉原通り魔事件の犯人が非常に今のオタクに類似している気がするのだ。

彼には、誰しもが楽しく騒ぎあっている秋葉原に対する嫉妬や妬みがあったのだろう。

そして、殺傷事件へと至った。

こういった過激な行動が時として人々を引きつけることがある。

当時は少なからず、彼の行動に賛同したものがいたのも事実だ。

今のネットは過激なことをしたものがどんどん強くなり、集団心理によりその勢力が拡大していく。

1人の行動を模倣した第三者が大量に生まれる、スタンドアローンコンプレックス現象が起きているのだ。

ネットイナゴとは (ネットイナゴとは) ニコニコ大百科 スマートフォン版!

例:

ちばけんま

いわけんま

ハセカラ

 

 

オタクと二分間憎悪

FacebookInstagramTwitter、5chの明確違い。それは利用している層が圧倒的に違う。

そして何より害悪まとめサイトである。

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前者は所謂リア充と呼ばれる人たちが主に使っており、オタクは後者を利用している。

面白いことにリア充と呼ばれる人たちはオタクなぞアウトオブ眼中な訳であるが、オタクたちはわざわざ見に行き、そしてリア充たちの実態を内部に見せつけるのだ。

これにより、彼らは憎悪し、一体感を強めていく。オタク特有の排他性をより強化していくことになっているにも関わらず、表現や趣味嗜好の自由を声高らかに宣言するのである。

これは、何もリア充vsオタクの枠にとどまらない。

例えば、あるアイドルアニメがあったとして、他のアイドルアニメとの対立が起こることがしばしば起こるのだ。

彼らのオタクに対する帰属意識はすでに宗教の域であり、オタク内部でも二分間憎悪の現象が起きている。

これは誰の仕業なのか。

 

新しい名称

結論を言えば、もうすでにオタクと言う言葉はキモい、嫌いと代名詞となってしまっており、言葉の価値が著しく落ちてしまった。

いや、元からオタクと言う言葉には価値はなかったが、一時期オタクはステータスであるかのような風潮が生まれた時期があり、それに便乗してやってきた人々によってオタクと言う言葉がまた別のものへと変化したように思われる。

もちろん悪い方向に。

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だから、もうオタクと言う言葉を捨て、新しい単語を作るべきだと私は思う。

前にも、オタク黎明期に生息した硬派なオタクのことを「旧オタク」や「オカダ」という名前を提案したのだが、これとは全く別のものを作らねばならないかもしれない。

 

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ちなみに、私の師匠は「ヲタク」を公言している。

「ヲタク」もありかもしれない。

クールなオタクが分離し、新たな種として認められることを願っている。

 

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オタクはすでに死んでいる (新潮新書)

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