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モチベーション格差

モチベーション格差

皆さんは聞いたことがあるだろうか。このモチベーション格差という言葉を。

非常に胸が痛い。なぜならば、無気力系クソ陰キャだからである。何もしないただ、何かしらの行動を起こす人たちを嘲笑し、足を引っ張る。失敗すればそれ見たことかと必死にマウントを取りたがるのである。

哀れなり。

何かを作り出したいという強いモチベーションこれが非常に重要になって来ているのは間違いない。

なぜ、このモチベーション格差という言葉が生まれたのか。それはPCやスマホなどのデバイスでほとんどのことができるようになってしまったからだ。誰でも簡単にデザインもプログラムもサービスも音楽も作れるようになった。人を見つけることも容易になり、お金すらも簡単に集められるような時代だ。必要なものはすべて揃っている。しかし、道具があっても作りたいものがなければ意味がない。

 

無意味な教育

最近ではプログラミング教育が熱いらしく、そこらかしこでスクールの勧誘がある。しかし、作りたいものがないのにプログラミングを覚えて意味があるのだろうか。そのスキルは社畜になるために身に着けるだけのものでいいのか。私はプログラミングに何度も挫折した経験がある。普通に難しいし、すぐにエラーになる。どこが間違っているかさえも分からずにお手上げ状態。そんなに思い入れがあるわけではないのでそこで諦めてしまう。しかし、個人HPを作った時は違った。こうしたいというモチベーションがあった。勉強したという感覚はなかったのだ。実際に触って覚えていく、これが本当の学びであると思えた。なんの役に立つかわからないものは放っておいて、やりたいことをやったほうが良い。それが本当の学びだと思うし、学校に強制的にやらされた勉強など無価値なのだ。その教育に慣れてしまうとモチベーションは生まれてこないだろう。

本当の教育とは

本当に必要な教育とはモチベーションを育むことにあるのだろう。発明王のトーマス・エジソン彼が学校の教育に洗脳されていたら何一つ発明できずに障害を終えていただろう。

何もできないと落ち込んでいる。そんな人にモチベーションを与えらるそんな人間に私はなりたい。