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夢は見ない方がいい?夢を持つことの代償

夢を追いかけることは良いことなのだろうか、私はやりたいことがたくさんある。頭の中に次々と浮かんでは溢れ出てくる。まぁ、すぐ忘れるか飽きるのだが。

夢に向かって努力できる人はやはりすごい。それが叶うかわからない、報われるかもわからないものに全てを掛けられるのだから。

それこそが才能であるような気もする。

似たようなことを将棋棋士の羽生善治さんも言っているので紹介しておく。

 

何かに挑戦したら

確実に報われるのであれば、

誰でも必ず挑戦するだろう。

報われないかもしれないところで、

同じ情熱、気力、モチベーションをもって

継続しているのは非常に大変なことであり、

私は、それこそが

才能だと思っている。

 

多分、ここまで突き抜けれる人ってなかなかいないんじゃないかな。

時間が大事

何かを得るためには何かを犠牲にしなくてはならないのかもしれない。リソースが限られているのだから当たり前の話ではあるが、金、モノ、人、時間など...レバレッジを効かせられるものなら良いかもしれないが、絶対的に増やせないものが一つある。

それは時間。

人生80年はあるし、医療の発展で100年生きられるかもしれない、まだまだ時間はあると考えていた。

しかし、それは全く違っていた。

どんどん体感時間が短くなっていくのだ、20なんてまだ若いなんて思っていたら一瞬で時間が過ぎ去って行く、体感時間的にはすでに半分終わってしまっているのかもしれない。

とても怖くなった、気がついたら体がよぼよぼになっている。下手なB級ホラー映画より怖い。

浦島太郎なんて今ではホラーにしか感じなくなってしまった。

友人が言っていた、学生生活終わってからの消化試合感がヤバイって言葉に本当にヤバイ感が心の中にすくすくと育ち始めた。

夢を追いかけることの代償

弁護士になるために25歳前後はかかるし、医者も同じだ。それだけ時間を捧げてまでなる価値があるのだろう。でも、成れなかったらと思うと不安で押しつぶされそうな思いをしているのだろうか。

私は弱い人間だから夢に向かって全てを捨てて突っ走ることができない。そして卑怯者だ。

夢を叶えられればそれは素晴らしいことだが、叶えられない人たちも当然存在するのだ、彼らの存在を見て見ぬ振りをして夢を抱かせるようなことはあって良いのだろうか。

何が幸せにつながるのかわからない。

夢を持つことへのリスクはあるし、それを許せる受け入れられる強い人のみが持つことを許されるのではないかと思う。

子どもに将来の夢を書かせる保育園や学校の習慣が嫌いで仕方なかった。

何かを限定したりしたくなかった。それを大多数の人に公開することで縛られるような気がしたからだ。

だから、いつも金持ちになりたいとだけ書いていた。

そうすれば職業を縛らなくても済むから。

夢を持つことは何かを失い、縛られることでもあるのだ。

自由を何より重視する私にはとても持つことができない代物だと感じた。

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